「醍醐さん。あれじゃ、大二郎が可哀想ですよ。あんなきつい言い方をしなくても、大二郎はいつも通り一生懸命やっているじゃありませんか。」

「羽鳥。」

思わず追ってきて、大二郎をかばった副座長の羽鳥に、醍醐は向き直った。

「わかっている。今日は意識を踊りだけに向けてやろうと思って、きつく言ったんだ。あいつは負けん気だからな。本人に判っているかどうかはわからないが、大二郎は初めての別れを経験して、ちいとばかり参っているようだ。」

「そうでしたか。余計な差し出口を叩いて、すみませんでした。今回の出会いは、大二郎には初恋ですかね?」

「さあ、どうなんだろうなぁ。子供ってのは親が思っているよりは、はるかにきちんと物を考えているからな。まあ、次に興行するときまでお互いが覚えているなら、縁があったということなんだろうよ。」

座長の言葉に安心して、羽鳥と呼ばれた青年はふっと柔らかい笑みを浮かべた。舞台で常に醍醐の相手役を務める息の合った座員だった。

「さあちゃんって呼んでましたね。とてもかわいい坊ちゃんでした。お見送りの時に、醍醐さんにはもう一人子供がいたのかいって、多くのお客様に聞かれましたよ。」

「そうだなぁ。もう一人、子供がいれば大二郎も寂しくないし、演目も増える。羽鳥、お前、俺の子を産んでくれるか?」


醍醐はしばらく様子を見ていたが、羽鳥の変わらぬ本気を知り、田舎へ共に行き頭を下げた。それは、息子さんをわたくしに下さいと言う、例によってかなり素っ頓狂なものだったが、田舎の両親は醍醐にすっかり魅了され、二つ返事で許してくれた。

羽鳥は、その頃にはまだ存命だった大二郎の母親にもかわいがられ、この子が生まれたら、一番格下のあんたに弟分が出来るわねと笑っていた。

大二郎の母親は、醍醐が一番最初にこの世界で教えを乞うた、師匠の娘だった。
大きなおなかを抱えて、旗揚げしたの貧乏劇団で働き続け、妊娠中毒症を悪化させた。
小さな劇団で、衣装も音響も劇団員の食事も座布団運びも、心配する周囲を他所に笑顔でこなし命を削った。
救急車で運ばれた母親は、医師が思わず息をのんだほど、ひどい状態だった。
浮腫が酷く足がぱんぱんに腫れていたのを、緩いジャージで隠していたようだ。
救急病院の当番産科医は顔をしかめ、母体の安全しかねます、直ぐに、お身内を呼んでくださいと告げた。